酒井抱一秋草鶉図 (あきくさうずらず)
姫路藩主家十五代酒井忠恭の子、忠仰の次男として江戸で生まれる。若い頃から俳諧や狂歌、浮世絵等に才能を発揮し、30歳の時句集「軽挙館句藻」を刊行する。40代に入って以降急速に光琳への私淑を深め、光琳研究に熱中した。当然の結果として彼自身の作風も光琳に強く影響されていくが、その一方で円山派や土佐派など様々な流派の画風も積極的に学ぶ。光琳を深く敬慕しながらも、その追随に留まることなく新たな境地を切り開いた抱一は、後に江戸琳派の創始者となった。
琳派が他の派と違いカッコイイのは、宗達、光琳、抱一と約100年おきに継承されるところで、直接教わるのではなく、それぞが作品から何かを学びとり自分なりのものをつくっていく熱意だと思う。
次の琳派の伝承者は貴方かもしれない。